長崎北西部にある都市
長崎北西部にある平戸。いくつかの島で構成されている町ですが、実は世界遺産に登録されているすごいところです。
今は感染症拡大のため、気軽に訪れることは難しくなっています。だからこそ、平戸の世界遺産について勉強して深い歴史に触れておきたいものです。

平戸の歴史
日本は海外との交流を一切合切シャットアウトしましたが、唯一長崎だけは外国と開かれていました。1550年に、ポルトガルの貿易船が平戸へとやってきます。目当ては国をどうにかするというのではなく、単に商売拠点にするためです。国に何かして来ないと見たからこそ、上陸が許されたのでしょう。
外国人が多く行き交った都市だったので、キリスト教徒も大勢いらっしゃいました。ところがキリスト教禁止令が幕府から出てしまいます。当時受けていた弾圧は、言葉にするのもおぞましいものばかり。学校の授業では「踏み絵」について習ったと思いますが、踏み絵で済むならまだ可愛い方です。海外からやって来た宣教師達も含め酷い拷問を受け、命を落としたのです。

命をかけた信仰
しかし幕府がどれだけ弾圧し続けても、信仰を辞めませんでした。あるキリスト教徒は、処刑を目前に喜びの表情をしていたそうです。また別の人は「10年は苦しめてやる」と役人に言われても、微動だにせず「10年どころか100年でも耐えてやる」と述べたそうです。
もちろん誰でも拷問は受けたくありません。一度捕まってしまうと、二度と生きて戻ることはないのです。
そこで役人に見つからないように、こっそりと神様に祈りを捧げました。彼等が祈りを捧げた場所こそが、平戸なのです。

現実に過去に起きたこと!未来を考える

宗教の自由を幕府が奪ったという事実は、許されるものではありません。平戸には当時、文字通り命をかけてキリスト教を信仰した証が残されています。
宗教の自由が脅かされてから400年近く経ち、現在は自由が認められるようになりました。しかし21世紀に入ってもなお、世界各地で宗教弾圧が現実的に行われています。平戸にある世界遺産が教えてくれるのは、人間という存在かもしれません。